夫のUターン転職に伴って引っ越した町は「へき地」と呼ばれるところで、いわゆる過疎地でした。自分が住んでいたあたりは、まだ市街地で住宅もありましたが、車で20分も走ればそこはまさに酪農地帯。人よりも牛が多いという自然あふれる場所です。私はこの町で出産したのですが、赤ちゃんは1歳になるまでに多くの予防接種を受けなければなりません。町立の総合病院がありましたが、いつも満員。でも、困ることはありません。なんと近所には小児科の開業医がいたのです。今では、過疎地は総合病院ですら医師不足のニュースが流れているというのに、こんな田舎に小児科の開業医がいるなんて、なんてラッキーなのでしょう。私はさっそく、予防接種はそこへ通うことにしました。なぜ予防接種だけなのかというと、やっぱり病気のときは大きな病院の先生でないと、何となく不安だったからです。でも、子どもが10ヶ月を過ぎたころでしょうか、ある土曜日にひどい高熱が出ました。休日なので病院は診療していません。そこで、わらにもすがる思いでいつもの小児科に電話してみると、「すぐにいらっしゃい」と言ってくれました。子どもは水ぼうそうだとわかり、一安心。私は休日返上で診てくれた先生をちょっと尊敬しました。聞けばこの先生、都会での転職を断ってこの町に引っ越してきたそう。給料の良い病院に転職してあくせく働くよりも、大自然あふれる土地で自分の時間を大切に、そして患者さんとゆっくり向き合いたかったそうです。ちょうどこの小児科の向かいには学校があって、インフルエンザの季節には予防接種のお客さんでいっぱいです。もちろん、私の子どもみたいに、緊急時の対応もバッチリです。この小児科の先生がいるおかげで、町民はみんな安心して暮らせます。
今、小児救急医療体制の在り方が問題になっています。小児科の医師数不足が言われていますが、原因はそれだけではなく、世の中全体の少子化・核家族化もありますが、患者さんが大規模な病院での診察を要望する傾向なども要因になっていると思われます。その結果、一部の病院の小児科医師にのみ異常とも思える勤務体制が強いられ、過重労働によって体調を壊した医師が辞任や転職をするに至っています。自らそんな職場を希望してやってくる若い医師はあまりいません。これでは小児科の閉鎖もやむおえなくなります。
色々な病院を転職して、わたしが最終的に落ち着いたのが現在の小児専門病院でした。小児を相手にするのは正直疲れることも多々あります。でもそれ以上のものが、わたしを元気づけてくれるのです。それがこどもの笑顔です。始めは診療を怖がって泣き叫んでいた子供も、わたし達と親しくなるにつれて笑顔の回数が増えてきます。病気が治って退院していくときの笑顔は何度見てもこちらも嬉しくなります。
子どもが小さいうちはいろいろな病気にかかるもの。病気の子どもを連れていくことを考えると、通える範囲は限られます。どこに小児科があるのか、どんな先生が診てくれるのか、医院の雰囲気はどんなものか、母親どうしの集まりでも評判のいい小児科医院の話は注目の的です。我が家から通える範囲にも小児科医院が数ヵ所ありますが、その中に、求人・転職情報を掲載している新聞の折込み広告で、しばしば看護師を募集している医院があります。その小児科医院は、診察してくれるのはベテランのお医者さんで、看護師も丁寧に対応してくれます。
出産を機に退職した私でしたが、子どもが1歳を過ぎるころから少しずつ仕事を再開しました。自宅でできる仕事で、仕事量も少なかったため、子どもが寝ている間に仕事をし、外出が必要なときは私の母にきてもらい、なんとか仕事を続けました。転職先を見つけて外で働くことも考えましたが、問題は子どもの健康でした。季節の変わり目になると、子どもの咳がひどくなり、小児科に通う回数が増えるのです。苦しそうに咳をする子どもを家に置いていけず、自宅でできる仕事を続けました。
「あんな、ちょっと相談があるねんけど、俺今、小児科の医師として働いているけど、そろそろお好み焼き屋へ転職しようかなと思ってるねん。俺小さい頃から自分で独立してお好み焼きの店やるのが夢やって言うてたやろ。毎日おいしいお好み焼きをお客さんに出してあげたいって言ってたやん。お前かて俺の焼いたお好み焼きいつもおいしいって言って食べてくれるやんか。あのお好み焼きで勝負したいんや。小児科の医師をやってたから、お好み焼き屋くらいやったら借金せずに店出せるくらい貯金もあるんや。」と妻に言った。「あんたええかげんにしいや。どこの世界に小児科からお好み焼き屋に転職する人間がおるねん。だいたいあんたと話してたら1時間に1回はたこ焼きか焼きそばかお好み焼きの話やで。
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